トレーダーの方は、フィボナッチ・リトレースメントをご存知のこととおもいます。といいますか、フィボナッチ・リトレースメントが表示できないトレードソフトはないってくらいですよね。
リトレースメント(押し・戻り)の割合が、38.2%、50.0%、61.8%となることが多い、そのように言われています。
フィボナッチと名がつくのは、これらの押しや戻りの比率が、数学でいうフィボナッチ数に由来しているためです。
だた、数学はトレードとは直接関係ないので、それ以上にフィボナッチの意味に関心がない方がほとんどではないかと思います。
しかし、フィボナッチ・リトレースメントをトレードに取り入れるとしたら、61.8%とか、マジックナンバーのようなこの数字、なんだか怪しげで、気になりませんか? お金を使うとしたらなおさら。
そこで今回は、フィボナッチ・リトレースメントの数字の意味をもとめて、私なりに調べたことをご紹介したいとおもいます。
ただし、プロの実践手法はこうだ!これで勝てる!みたいな記事ではないので、ちょっとした考察系の読み物として楽しんでいただければとおもっています。
フィボナッチ数とウサギのつがい
まず、フィボナッチ数とは何か、そこから見ていこうとおもいます。
フィボナッチ数は、イタリアの数学者、レオナルド・デ・ピサ(Leonardo de Pisa)が1202年に著した「算盤の書」にある、ウサギのつがいの数についての記述に起源をもちます。
ピサの父親はボナッチオといい、フィボナッチ(Fibonacci) とは、ボナッチオの息子(Filius of Bonaccio)という意味の短縮形です。
ピサの時代から6世紀以上の時が流れた後の19世紀後半、フランスの数学者エドゥアル・ルカ(またはエドゥアール・リュカ)によってピサの議論が再発見され、フィボナッチ数の数学的な理論が作られました。
“フィボナッチ数”という名は、ルカがピサを、フィボナッチ数の最初の発見者として正当に引用したことのあらわれです。
ちなみに、ルカは、フィボナッチ数列の理論を発展させた”ルカ数(リュカ数)”の発見者としても知られている、歴史上に名を残した有名な数学者です。
ウサギのつがいの数
フィボナッチ数が最初にどのような問題であらわれたのか、みてみましょう。
次のルールで、 大人のウサギのつがいの数(オスとメスの2羽で1)は、いくつになるでしょうか?
- ひとつがいの大人のウサギは毎月ひとつがいの子ウサギを生む
- 子ウサギは、ひと月で大人になる(生殖可能になる)
- ウサギは死なないものとする
月ごとに、大人のつがいがいくつになるか計算します。一種のネズミ算ともいえそうな問題です。
計算条件としては、最初に、ひとつがいの大人のウサギがいるとします。
数学の理屈は長くなるので省略しますが、結果だけ言うと、大人のウサギについて今月のつがいの数は、
今月のつがい数 = 前月のつがい数 + 前々月のつがい数
たとえば、1年後、つまり12か月後までの答えは次のようになります。
$$1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89,144,233$$
この数列をフィボナッチ数列といいます。知能テストやSPIなどの問題によく使われるので、見たことがある方は多いのではないでしょうか。
フィボナッチ・リトレースメントと黄金比
さて、たとえば、12か月後と11か月後のつがいの数、233と144の比、つまり増加率をとってみますと、
$$\frac{233}{144}=1.618055555・・・$$
という、この場合は、割り切れない数字になります。
割り切れないものの、整数による分数、つまり有理数なのですが、実はフィボナッチ数を無限に大きくしていくと、黄金比(τ)という無理数(整数による分数で表せない)に収束します。
$$ \tau =\frac{1+\sqrt{5}}{2}=1.618033988・・・$$
無限に大きくしなくても、233/144で、すでに黄金比とほとんど同じであることがわかります。
黄金比にギリシャ文字のタウ(τ)が使われるのはタウが”切断”を意味するギリシャ語に由来しています(なお、ファイ(φ)も使われることがあります)。
黄金比や黄金分割については、聞いたことがある方も多いでしょう。数学的性質はともかく、人間が、美しい、安定している、と感じる長方形の比率として広く知られています。
黄金比の逆数
ここで、黄金比の逆数をとってみましょう、
$$ \frac{1}{\tau} =\frac{2}{1+\sqrt{5}}=0.618033989・・・$$
約61.8%。ここでトレーダーおなじみのフィボナッチ・リトレースメントの数字が現れました。
61.8%は、黄金比の逆数です。または、隣り合うフィボナッチ数の比率の極限。
長方形でいえばランドスケープからポートレートへ方向を変えただけなので、これも黄金比とみることは可能でしょう。
38.2%は、61.8%を逆から見た比率、100%と50%は、フィボナッチ数列のうち、1と1、1と2、の比率をとったもの、という理屈になります(ただし、38.2%は、ひとつとばしの、2つのフィボナッチ数の比率の極限という見方もあります)。
23.6%については、フィボナッチ数列の2つとばしの数字の比率の極限。まあ、適当にフィボナッチの数字の2つを使って出した比率といっても言い過ぎではないです。
フィボナッチ・リトレースメントの名前は、基本的にはフィボナッチ数列の隣り合う数字の比率をとっていることに由来するというわけです。
数字の取り方が都合がよすぎると感じる方もいるでしょう。数列の最初の3つと、極限値ですからね。61.8%については、”黄金比リトレースメント”って呼んだ方がふさわしいかもしれません。
外中比
黄金比の起源はピサの時代よりさらにはるか昔で、幾何学の父、古代エジプトの数学者ユークリッド(ギリシャ系のためエウクレイデスともいう。紀元前3世紀頃の人物とされる)が、その著書の「原論」で、黄金比を”外中比”として論じていました。
外中比とは、 次の比率を意味しています。
フィボナッチ・リトレースメントの61.8%とは、Aに対するBの割合です。
この問題は二次方程式で表すことができ、
$$ x^2 – x – 1 = 0 $$
正の解として黄金比が得られます。
$$ x =\frac{1+\sqrt{5}}{2}$$
黄金比の近似と生物
フィボナッチ数列の隣り合う数字の比率をとることの本質的な意味は何か?
すでにご説明しましたように、フィボナッチ数により、黄金比またはその逆数を有理数近似するということです。
つまり、数えあげられる(可算である)ものによって、黄金比という無理数の値に近づけようとする。このことは生物の中に観察されています。
たとえば、ヒマワリの種子は、時計回りと反時計回りの、ら旋で配列されています。ただし、ら旋の数は方向によって違い、時計回りと反時計回りの比はおよそ黄金比です。
中くらいのヒマワリでは、89/55、大きいヒマワリでは144/89、といった具合に、大きくなるにともない、フィボナッチ数を使った、より高次の有理数近似になっていきます(数字は参考書籍「黄金比とフィボナッチ数」より引用。ただし、このような数字にならない場合もあります)。これはフィボナッチら旋とよばれています。
フィボナッチら旋は、巻貝や、パイナップルのウロコ、松かさなど、様々な生物にみられます。
生物における黄金比は、成長過程での幾何的な系列の基本と考えられているようです。
フィボナッチ数とエリオット波動理論
幾何的な系列としてフィボナッチ数を採用したのが、エリオット波動理論です。
エリオット波動理論は、ラルフ・ネルソン・エリオット(1871~1948)が考案した、経験則として生み出された実践的な相場の分析方法とされます。この理論の、値動きの波に関する3つの要素、
- パターン
- 比率
- 時間
すべての要素について、エリオットはフィボナッチ数を基礎としました。
たとえば、エリオット波動の基本パターンに、上昇5波、下降3波というのがありますが、5も3も、先に挙げた、フィボナッチ数列の数字です。
それだけではありません。エリオットによれば、波のパターンは階層構造になっており、各階層(サイクル)に対応する波の数にフィボナッチ数列の数字を採用しています。
この図で、最上位の波の数が2、ひとつ低次は8、さらに低次では34といった具合で、すべてフィボナッチ数列の数字です。さらに、
この図でフィボナッチ数を列で表示しているのは、階層(サイクル)ごとの波の数を表すためです。つまり4階層あります。うーん、複雑でついていけなくなってきました。
エリオットはまた、フィボナッチ目標時間という、トレンドの転換日からフィボナッチ数の日数後に最高値や最安値がくることが多いという規則性を主張しました。ただこれはさすがに信頼度が低いという評価が多いようです。
空間的解釈
相場の値動きはフラクタルといわれています。時系列のフラクタルは統計量の相似性についてのもので空間的なフラクタルとは違うよ、という指摘はまことにその通りなのですが、おおまかに入れ子のような階層的特徴が存在することは認めてよいでしょう。
数学にフラクタル幾何学を導入したブノワ・マンデルブロー(1924~2010)は、株価チャートからフラクタルの着想を得たといわれています。
エリオットの時代にフラクタル幾何学はなかったわけですが、幾何的な系列としてフィボナッチ数を使い、エリオットは時系列であるチャートを空間的なフラクタルで解釈しようとした、そう見ることもできるとおもいます。
フィボナッチ数の相場での意味
エリオット理論の評価はともかく、彼が理論の基礎としたフィボナッチ数列が相場において意味をもつとすれば、相場のどのような側面においてでしょうか。
すでにお話ししましたように、フィボナッチ数の背後にあるのは黄金比です。なので、相場でフィボナッチ数や、フィボナッチリトレースメントに意味があるとすれば、人間の認識上の、チャートに対する見た目の安定感やバランスにかかわる側面においてではないでしょうか。
極端な言い方をすると、究極の値ごろ感に関するもの。
具体的には、人々がいう”調整”や、エリオットがいう”修正波”などがバランスをとろうという動きに相当するでしょう。
バランスをとろうとするチャートの形成過程で、結果的にフィボナッチ数が関わってくる。仮説としてはそのように考えます。
錯視
注意しなければならないのは、カエサルの名言、人は見たいものしか見ない(見たいと欲する現実しか見てない)という 、人間の性質です。
後付けでいかようにも特定のパターンで解釈してしまう、一種の錯視。 値幅観測というのもそんな気がしますが、特に空間的なパターン認識はその可能性が常にあるとおもいます。
あてはまっているところだけ、見てはいないか?
人間は、接地極付きコンセントの形でさえ人の顔を連想してしまいます(シミュラクラ)。自分にとって関心のあること、重要なことに引き付けてものを見るようにできています。
人間の主観は良い面も悪い面もありますが、ご都合主義の障害をのりこえるには、やはり統計的にみてやる必要があるでしょう。
でないと、オレの経験ではオデコが広ければ知的であるとか、骨相学のようなバカげた話におちいりかねません(ハイブロー(Highbrow: 知識人・インテリ)という言葉にその名残がありますが、視覚的な思い込みは強力です)。
ただ、多くの人に共通して意識されるものはトレードでは重要なので、もし多くの人に共通する錯視が相場に作用するならば、それはそれで重要、という考え方はあるかもしれません。
最後に
私自身は、フィボナッチ・リトレースメントやエリオット波動理論について否定も肯定もしていません。正確には客観的に議論する材料をもっていないといいますか。
私はものを知っている方ではないので、もし、長期で統計的に検証されたものがあれば是非拝見したいですね。フィボナッチがあれば素晴らしいとおもいます。
長期的にはランダムウォークで近似できるので、フィボナッチや黄金比が影響しているとか、私には想像しづらいですけれども。
私は統計的検証はある程度可能だとおもっています。ただ、フィボナッチより重要なことは、チャートがバランスをとろうとする規則性です(あるとすれば、ですが)。
その規則性の候補のひとつ、仮説のひとつとして、フィボナッチ・リトレースメントやエリオットの考え方がある、検証のとっかかりとしては面白そう、そう考えています。他のものがでてくれば、それはそれで面白いですし。
いずれ、検証記事をご紹介できればとおもっています。
では、最後までご覧いただき、ありがとうございました。
参考書籍
- R.A.ダンラップ『黄金比とフィボナッチ数』日本評論社(絶版)
- ジョン・J・マーフィー『 マーケットのテクニカル分析 ――トレード手法と売買指標の完全総合ガイド 』パンローリング株式会社
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